金賞

「夢見る角砂糖」

笛田 千賀

  あの頃は甘かったな……。今よりずっと幼かった自分を思い出す。あの時の私は、コーヒーに角砂糖を目一杯落とし、ミルクも溢れそうになるまで注いでいた。それが私にとって当たり前であり、世界一、甘くておいしい飲み物だった。
  甘かったのはそれだけではない。自分の将来に対しても、「お医者さんになりたい」なんて何の根拠もないのに、きっぱり断言できたし、そうかと思えば次の日に「学校の先生になる」と決意していたりもした。
  けれど、私もだんだんと現実を理解できるようになり、その頃あたりからブラックコーヒーも飲めるようになっていた。夢をみるだけでは生きていけないことを知り、コーヒーの苦みはおいしさの一つだと分った。大人に近づけたようで嬉しく思うと同時に、急に輝きを失ってしまった世界が悲しかった。
  あれから随分と時が流れ、私は高校三年生になった。進路選択を突きつけられた私は、夢を追いかけたい気持ちと、親の本音や家計を考えて、その夢にブレーキをかけようとする心に挟まれ、悶々としていた。
  そんなある日、部屋で勉強をしていた私に、母がコーヒーを持ってきた。角砂糖の甘い香りが漂うカップを覗き込むと、まだ完全に混ざりきっていないミルクがくるくると渦巻いていた。
  「お母さん。私、ブラック飲めるのに」
  私は、久しぶりに見た柔らかい色合いのコーヒーに、戸惑いながら呟いた。すると母は昔を懐かしむような目で私を見て、こう言った。
  「夢を見ていた頃のあなたの、大好物よ」
  私は、母の言葉を反芻しながら、カップを口元に寄せた。きっと、このコーヒーは母からの、「自分の夢を追いかけなさい」の合図なのだろう。
  また、幼い頃のように、私の世界が輝き始めたような気がした。

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