
山下 綾子
病に倒れた父が、奇跡的に生還した。しかし、父は車椅子生活となり、さらに病の影響で、通院以外の外出を控えなければならない身となった。仕事で海外を飛び回ってきた父の世界は、一夜にして、家の中だけが全てとなったのだ。父には趣味と呼べるものもなく、退院後は、することもなく命が尽きる時を待つだけの日々。趣味も生き甲斐もなければ、治る可能性のない病を抱えて「生きる意味」を見出すのは難しいだろう。
父の退院以来、私は頻繁に実家に顔を出すようになった。そして、行くたびに、様々な道具や教材を持参した。書道、絵画、楽器、ハンドクラフト……そのどれにも、父が「趣味」といえるほどのめり込むことはなかったが。
「早く趣味を見つけてくれたらいいのに」
ある日、父のいない場でそう言った私に、母がこんなことを言った。
「あら、お父さん、趣味ができたって言っていたわよ。利き珈琲が趣味なんですって」
毎回、父と「趣味候補」の何かをやったあとは、私が持参した、その日の気分によって選んできた銘柄の珈琲を淹れていた。その「私の淹れた珈琲」が何の豆かを当てることが、父の楽しみになっていたというのだ。利き酒ならぬ、利き珈琲である。
「お父さん、今まで忙しくて、ゆっくり珈琲を飲む時間がなかったでしょう。だから、珈琲豆の味の違いに気づく余裕もなかったんですって。でも、今ならゆっくり味わえるから。娘の淹れてくれた珈琲の、豆の銘柄を当てるのが趣味になったと言っていたわ」
いつの間にか父は、自分なりの楽しみを見つけていたようだ。それならそうと、言ってくれればいいのに。
今度の休日には、珍しい銘柄の珈琲豆をたくさん持って、実家に行こうと思う。新しい趣味の「利き珈琲」、それを極めることが、父の生き甲斐になれば良いと願いつつ。丁寧に淹れてあげたい。とびきり味わい深くて香り高い、そして体と心がじんわりと温まる、そんな珈琲を。