
中島 晶子
陽が傾きかけると白壁に街路樹が影を落とし、壁の影達もまるで生きているかの様にゆらめいた。
木漏れ陽を浴びながら小さな木の椅子にちょこんと座り、静かにコーヒーを飲んでいるおばあちゃんを見かけるようになったのは何時頃からだろうか……。
小学生の息子二人をかかえ離婚し、馬車馬のように働いていたウン十年前の話だ。
週に一度程、スペインのパティオ風の造りの喫茶店で、ほんのつかの間、異次元空間に身をゆだねるのが、唯一の楽しみだった。
東京郊外の文教都市、駅前から伸びる大通りには銀杏の街路樹が一直線に並んでいた。
近くに幾つか大学があるせいか、客は殆どが大学生。ちょっぴり似つかわしくないそのおばあちゃんは、いつも一人でひっそりとコーヒーを飲んでいた。
一人なのに淋しさを感じさせない彼女の定位置は決まって中庭の花壇の前。花を見ながら静かにコーヒータイムを楽しんでいた。
しかし不思議だったのが、テーブルの上にいつもデミタスカップがふたつあった事だ。
ある日、お店の方に聞いてみた。
「あのおばあちゃんはね、いつもおじいちゃんと二人で飲んでいらっしゃるの」
近くの高齢者用マンションに住んでいて、子供はいないそうだ。二年前に御主人を亡くし、こうして時々御主人との思い出の店でコーヒーを飲むのだそうだ。
「いつも二人分、コーヒーを淹れて差し上げるんですか?」
「二人分たって、もうそんなに飲めなくなってらっしゃるから、小さなカップに小分けしているだけなんですよ」
柔和な顔した女主人が静かに話してくれた。
天国の御主人へとつなぐコーヒーか……。半分忘れかけていた。人を恋しいと思う心。
気付いただけで充分満ち足りた心をお土産に、私を店を後にした。