船倉賞

「至福の一杯に心を込めて」

今吉 美智子

「お母さん、その齢で秘書なんて、務まるの。大丈夫かなあ」
  電話の向こうで、娘の心配そうな反応が手に取るように伝わってくる。
  一昨年の十一月、齢、半世紀を目前に、私は、突然、秘書室へ人事異動になった。その夜は、自分に務まるか心配で、なかなか眠れず、女性秘書の条件が、一晩中頭を過ぎった。
「若い・聡明・品行方正・上品・冷静・仕事ができる・美人等々」私が持ち合わせていないものばかりである。
  今更、娘に言われなくても、私は世間で言うオバタリアン世代に突入しており、お世辞にも美人とは言えない容姿である。元来のおっちょっこちょいな性格に加え、浅学菲才、能力低下にも拍車がかかっている。残念なことに短所においては、枚挙に暇がないことを本人である私が一番承知している。
  初めて、重責を担われる上司と対面した日のこと。不安と動揺を隠しながら、「よろしくお願いします」と緊張の面持ちで、あいさつした。こんなオバサン秘書でさぞかし、がっかりされたであろうことは想像に難くなかったが、意外にも穏やかで優しい微笑みを返して下さった。あれから、早いもので一年半を数えた。自信喪失で涙することもあったが、心温かい上司や同僚に支えられ、今がある。
  私の上司は日々、膨大な量の会議・行事への出席、決裁や政策判断などを前向きに的確に黙々とこなしている。
  そんな上司に、秘書として、しばし和らぎと癒しを届けたくて、私は毎日、まごころと感謝を込めて珈琲を淹れる。今日も、珈琲の優しい香りが、喧騒を掻き消す至福のひとときを届けてくれることを私は願っている。

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