
谷尻 知子
震災の翌日のこと。神戸市東灘区で被災した主人と私、まだ0歳の息子の家族三人は、これから先どうなるのだろうという漠然とした不安を胸に、友人のご両親の家のチャイムを鳴らした。友人が気をきかせて、ご両親の家は大丈夫だからと、そちらを訪ねるように取り計らってくれていたのだ。
すぐにお母さんが出てこられ、
「寒かったでしょう。さあさあ、中へ」
と、突然の訪問者を快く迎え入れてくれる。大企業の役職につかれていると聞くお父さんは、まだ続く余震にも、動じることはない。この現実を、静かに受け入れている様子は、まさに「毅然」という言葉がふさわしかった。
「珈琲を入れましょうか」
しばらくして、新聞から目を上げると、お父さんが声をかけてくれる。珈琲か。昨日まで当たり前の生活をして、毎日飲んでいたのに、今はなんだか遠い響きに聞こえる。
キッチンに立つお父さん。お湯の沸く音。ペーパーをセットして、丁寧にお湯を注ぐ。とたんにあたりを包むあの独特の香り。それは私の中で、すぅーっと気持ちが静まる瞬間だった。
白いカップ&ソーサーに、丁寧に注がれる4杯の珈琲。お父さん、お母さん、主人と私。その時いただいた一杯の珈琲は、しみじみと深く心に沁みるものだった。
あれから十五年。今、息子は高校二年生となり、主人も私も元気に暮らしている。お世話になった友人のお父さんとお母さんも、元気にお過ごしで、今でも毎年、年賀状で近況を報告させていただいている。
あの日、お父さんが入れてくれた一杯の珈琲が、私たちを力づけてくれたように、私も人にやさしく、そして一生懸命生きていかねば。一月十七日を迎えると、そんな気持ちを新たにする私である。