
船倉 三千代
「明日は天気がいいから出かけるよ」
春分の日が過ぎると声がかかる。母の6歳下の妹、叔母から母への誘いの電話である。
この時期になると、にょきにょきとよもぎの葉が新芽を出してくる。そのやわかい新芽を摘んで、よもぎ団子を作るのが母の趣味。
叔母と母は40kmほど離れた秘密の場所に車で摘みに行く。4、5日かけ、一年分を採る。団子を包むシャリンバイの葉やサンキュライ(鹿児島方言ではカカラン葉)も東シナ海沿いの山中にある。
山程摘んで来たよもぎの葉を、水で何度も洗い、ソーダを入れて湯がく。それを絞って1キロずつ冷凍保存する。
月に数回の団子づくり。米粉は種子島産。徳之島産のキビ糖で甘みを調整し、よもぎを多目に使用。一日で約120個作る。その団子は何とも言えず豊かな気持ちにさせてくれる。
「珈琲を飲むと夜眠れない」と言って、あまり飲みたがらなかった母が、数年前テレビで「マンデリンはダイエットにいい」と言う言葉を耳にする。「私はマンデリンがいい」と言い出す。味が分るか分らないのかはっきりしないが、マンデリンにこだわっているのがおもしろい。
母の団子と少し苦めのマンデリンの味が不思議と良く合うのである。
友人が言う。「この味はお母さんならではの味ね」
「団子の甘さがおさえてあるのがすばらしい」
そんな母も昨年の9月に80歳になった。自然の中では嬉々として動きまわっていた母も体力に衰えを感じ始めたようだ。それでも母の唯一の喜びとして、やりがいを持って団子を作りつづけている。
私共も珈琲を通して「喜んで頂きたい」という思いで仕事をやらせて頂いている。
店をオープンして23年目の今年。鹿児島県薩摩川内市の小さな珈琲専門店の呼びかけに、北は北海道札幌市、南は沖縄県宮古島まで180件の珈琲エッセイが届いた。
それぞれのエッセイを読ませて頂き、何度も涙し、心温まる思いをした。
そして珈琲がそれぞれの方々の人生の中でこんなにも力強く、またやさしく存在し、豊かな時を刻んでいる事を目のあたりにし、珈琲に関わる仕事をしていて本当によかったとしみじみと思う。
応募して下さった方々の全てのエッセイが私共の心に響き、宝物となっている。
宝物全てを冊子にしたいが、かなわない。その代表として入選された方々のエッセイ集をここにお届けします。
皆さんの珈琲のある人生がさらにしあわせで満たされますように。