「しあわせの光景を願って」
しとしとと雨が降り始めいつもより早い梅雨入り。
5月初旬、朝5時前には起きる事を決意。
エッセイコンテストの応募数が昨年は180点。今年は1000点を超えそうだと確かな予感。
そのエッセイをゆっくり、じっくり味わいながら読みたいと思った。
朝5時はまだうす暗いが、夜明け前の澄み切った空気の中に珈琲の香りを漂わせる。
今日はどんなエッセイに。どんな人に。どんな珈琲のある風景に出会えるかな。
作品の結びの一行にどんな想いが込められているかな。

一編一編読み終える度に「すばらしい!」とうなる。
「家族との思い出の珈琲」にはほのぼのとした気持ち。「亡くなられた方と珈琲」には涙する。「数十年前の珈琲」の青春記には人生の重み。「初めての珈琲」「日々の珈琲」には思わず笑いがこぼれる。「癒しの珈琲」に自分もいやされる。
どの作品にも、素晴らしい人生が見え「珈琲を愛する思い」「珈琲の力」を感じることができる。
エッセイの応募締切は5月31日。最後の3日間で500点近い作品が届く。速達でも届き熱い思いが伝わる。
最終締め切りには1616点になる。全国47都道府県。海外6カ国からも寄せられた。
お一人おひとりの人生の中で珈琲が非常に力強く、またさりげなく、心の支えになる存在であることを確かめられる喜び。この事が珈琲を愛し、珈琲に関わる仕事をしている者として、これ以上ない満たされた思いを感じている。
全てのエッセイを読み終えた時、本当に豊かな時間をいただいたと思うと同時に、より心を込めた珈琲づくりにいっそういそしみたいと心を新たにしている。
「宝物と思って下さるなら、入選しなくても書いてみたい」というお言葉。「書く事で気持ちを収める事ができ、書いてよかった。このような機会を作って頂きありがとうございます。」「日本の素敵な珈琲文化を守り、広げていくことを願っています。」等々。温かいエールがさらなるパワーで私を包んでくれた。
庭の紫陽花のつぼみが大輪の花になって輝きを増している。
審査が終わった今、応募された全ての作品をまた読み返してみたいとの思いが日々強まっている。
皆さまの生活の中にそっと寄り添っている珈琲が、エッセイを通してクローズアップされ、より愛されますように、そして皆さまの「珈琲のある風景」がよりしあわせの光景でありますようにと祈りにも似た気持ちで願っています。
ありがとうございます。
平成23年7月7日/「珈琲倶楽部 船倉」 船倉 三千代
6月24日時点で掲載した作品について入力ミスが多々ありました。大変申し訳ありませんでした。本日修正致しました。…(6月25日18:30)
| 「被災地の片隅で」 | 佐藤 眞司 様 (宮城県仙台市 44歳) | 作品はこちら |
| 「沈黙の時間」 | 加藤 淳史 様 (福岡県福岡市 40歳) | 作品はこちら |
| 「もう一人の職員」 | 岩崎 大 様 (東京都世田谷 34歳) | 作品はこちら |
| 「最後のコーヒータイム」 | 飛田 泉 様 (愛知県名古屋市 50歳) | 作品はこちら |
| 「一年目の香り」 | 小田原 正子 様 (鹿児島県薩摩川内市 82歳) | 作品はこちら |
|
||
| 「真夏のホットコーヒー」 | 中島 晶子 様 (鹿児島県霧島市 59歳) | 作品はこちら |
| 「窓辺のコーヒー」 | 丸山 由香 様 (新潟県長岡市 49歳) | 作品はこちら |
| 「背中の向こう側」 | 萩田 愛美 様 (神奈川県横浜市 32歳) | 作品はこちら |
| 「初めての珈琲」 | ジャバテ美弥子 様 (東京都世田谷区 46歳) | 作品はこちら |
| 「珈琲のチカラ」 | 角谷 千飛路 様 (北海道札幌市 20歳) | 作品はこちら |
| 庄西中学校 | 庄西中学校の皆さん71名 (富山県砺波市) | |
海外から、そして、日本のすべての地から、多くの作品が寄せられました。その数、1616点。もちろん優劣のつけがたい秀作ばかり。それに順位をつける辛さ。一次、二次審査を担当された方々の苦しみはいかばかりか、とぽつんとおっしゃった最終審査委員長。
委員長の指摘には深い意味があります。「珈琲のある風景」を描くことは、自分の生き方や人生観をさらけださなければなりません。描かれているお一人おひとりの心模様に優劣があるはずがありません。いつものように悩んでいる折、鋭く、適切な質問をいただきました。
「珈琲のある風景」であろうと「お茶のある風景」であろうと同じではないか。コーヒーをお茶に、紅茶・酒に置き換えても、主題はいかせるのではないか、と。
審査員一同がぎくりとするようなとてもよいお訊ねです。
今からおよそ三百二十年前のことです。
松尾芭蕉が、琵琶湖のほとりで句を作りました。
行く春を近江の人と惜しみけり
この芭蕉の句を弟子の一人が非難します。「行く春」の季語は「行く年」としてもよいし、「近江」の地名を「丹波」と置きかえても差し支えないのではないですか、と。
芭蕉は信頼する弟子にたずねます。
「なあ去来よ、この句を尚白が非難するんだよ。この句の季語と場所は置きかえても十分に意味深いと。君はどう思うかい?」
「いやあ先生、その非難は見当ちがいですよ。第一に、近江の景色は雪深い丹波とちがいます。湖水の面もかすんでいて、いかにも惜春の情を述べるにふさわしいところです。それになによりも、先生が、そうした景色に臨まれ実感されたところを句にされたのですから、絶対に動かせるはずがありませんよ」
先生は、去来よ、お前は芸術について共に語ることのできる人間だよ、とたいそう喜んで下さいました。
と、去来が書き残しています。
人の心を打つ文章は、時代がどんなに移り変わろうと普遍です。真実が貫いていることが第一。人生を健全に生きていることが第二。真実に基づいた素材をとおして、筆者の明るく豊かな人生観がさらりと底を流れている作品を私たちは求めています。したがって、珈琲でなければ醸し出すことのできない確固とした風景があるのです。それを日本茶に置きかえることは不可能であり、ましてやお酒に置きかえることもできません。実際の生活の中でかおる珈琲のかぐわしさを通して、書き手の芳醇な実体験を描いてほしいのです。生活に即した文章のみが、たとえぎこちない部分があろうとも、読む人に感動を与えるのです。コーヒーを通して得られ日常の幸せをすくい取り、ことばで定着させていただきたいのです。1616点に美しくかおる実生活が描かれているからこそ審査委員は苦しんだのです。そして、選考を終えてなお自分の選考眼の貧しさに苦しんでいます。
題のつけ方や結びの一文にも細心の注意をはらっていただきたいものです。
平成23年7月7日 船倉藝術講座講師 大重 謙一

「珈琲のある風景」エッセイコンテスト2011の入賞作品集「愛逢月」が出来上がりました。
第4回エッセイコンテスト募集要項